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「ミラトコット」はファッション・トレンドを捉えているのか?【千葉匠の独断デザイン】

頑張らないデザインは難しい
若い女性をメインターゲットとし、ファッション用語の「エフォートレス」をキーワードに開発したという『ミラトコット』。調べるとエフォートレスは2014~15年頃にファッション・トレンドとして浮上したようだから、トコットの企画時期に重なる。しかも一過性ではなかった。2018年の今でもそれはトレンドのメインストリーム。商品企画担当者の先見の明に、まずは頭が下がる。

エフォートレスは「努力しない」のではなく、「肩肘張らない」ということ。「頑張ってオシャレしました」と見えないように、あえてスキを作る「抜け感」、ユルいコーデをきちんと着こなす「こなれ感」などが大事らしい。オジサンの一夜漬け勉強では巧くお伝えできないけどね。

では、この肩肘張らない抜け感やこなれ感を、トコットはどう表現しているのか? エフォートレス・ファッションのベースは、飾らない、盛らないシンプルさ。比べれば、トコットの内外装デザインは直接的なライバルであろうスズキ『ラパン』よりシンプルだ。

ラパンも基本フォルムはシンプルなのだが、ボディの裾やホイールアーチを取り巻く黒いガーニッシュから、内外装の随所に仕込んだうさぎのマーク=「かくれラパン」まで、デザイン要素を足し算。そのぶん頑張った感は否めない。対するトコットは、エクステリアからモールやガーニッシュを排除し、インテリアでも加飾を最小限にして、トレンドのベースを踏まえている。

とはいえ、そこはやはり寸法枠に制約された軽自動車だ。少ない寸法でショルダーに厚みを見せつつ、その下のフラットなドア断面には凹ビードを入れて面剛性を確保。「枠のなかで室内空間を最大化しました」というデザイナーの頑張りが伝わってくるのが、ちょっと惜しい。

エフォートレスな「抜け感」を出すには、あえてオーバーサイズの服を着るという方法があるそうだ。オーバーサイズのユルさでスキを作る。そこを考えると、ドア断面にもうひと味のゆとりがあり、テールゲートも立体的でおおらかなラパンのほうがむしろユルくてトレンディに見えてくる。パッケージ効率を追求したトコットは、基本フォルムにユルさが足りない。シンプルなだけでは抜け感に辿り着かない。

「ユルさ」と「きちんと」のバランス
「こなれ感」のために、ユルいコーデをきちんと着こなす。これはファッションの上級テクニックらしいのだが、カーデザインに置き換えれば、「きちんと」は造形的な質の高さであり、それと「ユルさ」の対比をどう見せるかの問題でもあるだろう。

トコットはショルダーの折れ線の直下に、細いプレスラインを刻み込んでいる。言わば折れ線にアンダーラインを引いた格好だ。鈍角に挟まれた折れ線をピンカドにすることを業界用語で「ドンピン」と呼ぶが、ドンピンをプレスするのは簡単ではない。デザイナーの意図より甘くなりがちだが、そこにアンダーラインを引くことで折れ線が際立って、「きちんと」見えてくる。巧いことを考えたものだ。

このショルダーの折れ線がボンネット前端に回り込むと、そこにはアンダーラインがない。ここも鈍角で挟まれているとはいえ、角度が小さい(直角に近い)ので、同じカドRでも「きちんと」シャープに見えるからだ。

ただし、全体に効率重視のハコ型フォルムだ。造形的な質感を表現するには凸の丸さを使いたいところだが、それを使える場所は限られている。ショルダー面もほぼフラット。ここを凸にすると、Cピラーの根元にクッキリとした折れ線が入ってしまい、シンプルに見えなくなる。

となれば、ボンネット前端こそ凸の丸さの見せ場だろう。折れ線に向けて下がっていくカーブを、もっと丸くしたい。面の勢いをグッと溜め込むような、放物線的なカーブの断面にしたい・・のだが、そうすると折れ線を挟む鈍角が大きくなり、ドンピンをプレスする難しさが浮上してくる。

ボンネット開口線やバンパーなど水平線が並ぶフロントに、さらにアンダーラインを加えたらビジーになるから、それもできない。勢いを溜めないカーブのほうがエフォートレスな抜け感があってよいとも言えるが、抜け感の「ユルさ」と質感ある凸面の「きちんと」の対比は見えない。「こなれ感」は出ないということだ。

インテリアは「ユルさ」を踏み外す
インテリアはシンプルで軽快なインパネやドアトリムで全体のユルさを見せながら、そこに厚み感のある「きちんと」したシートを組み合わせることで対比を巧く演出。同じ織り柄ながら座面とバックレストで糸の色を変えたシート表皮も、統一しすぎないコーデでスキを作る効果をあげている。

ただし、このインパネのデザインはエフォートレスなセンスで本当にユルいのか? 黒いアッパー面とセラミックホワイトに塗装したガーニッシュの境い目の高さは、まるで助手席エアバッグのリッド開口要件で決めたかのようだ。

言葉がキツくなるが、「ユルさ」を一歩踏み外せば「だらしない」。だからエフォートレス・ファッションでは「きちんと」が大事になる。ナビを組み込んだセンタークラスターは四辺のカーブと四隅の丸さが丁寧に吟味されているのに、せっかくのガーニッシュはアッパー面とグローブボックスの隙間を埋めるだけ。エフォートレスであるためには、そこでも存在感をきちんと示せる形状が必要だ。

さらに言えば、クルマから降りるときに視線を向けるドアのインサイドハンドルのすぐ上には、ダイハツの他の軽と同様に、ドアトリムをインナーパネルに取り付けるビスが剥き出し。これは興醒めだ。スマホをはじめ身の回りの製品の視覚的なクオリティが高まっている昨今、着座姿勢でビスが見えて平気でいる自動車メーカーは日本でダイハツだけ。一歩どころではなく踏み外している。

全高のヒエラルキーを打破してほしい
というわけで、ミラトコットのデザインがエフォートレス・ファッションの要点を満たしているとは、いまいち言いがたい。しかしクルマは、無数に選択肢があるファッションとは違う。トレンドをちょっとハズしていても、ターゲットユーザーから「近いところに来たね」と寛容に思ってもらえれば、トコットにチャンスが生まれるかもしれない。

そのとき成否を握るのは価格だろう。ラパンとはグレード構成が違うので比較しにくいが、上限価格はトコットが10万円近く安い。一方、『ミライース』に比べると、事実上のベースの「L“SAIII”」で約20万円、中間グレードの「X“SAIII”」で約14万円、上級の「G“SAIII”」で約8.6万円高い。上のグレードほどイースとの差が小さくなるのは、それを売るための戦略的な価格設定だ。

そもそも90年代に『ワゴンR』や『ムーヴ』が登場して以来、軽自動車は全高を10cm上げれば20万円高く売れる世界になった。今でもムーヴはイースより14~24万円高く、タントはムーヴよりざっと20万円高い。全長と全幅、エンジン出力は同じでも、背の高さでヒエラルキーを形成しているのだ。

トコットの全高は1530mm。イースより30mm高く、デザイン嗜好を抜きに考えても、G“SAIII”の8.6万円の価格差はリーズナブルと言えるだろう。しかしL“SAIII”で比べたときの20万円の差は、「このデザインが好き!」という気持ちで埋めてもらうしかない。

もちろんトコットはイースより室内高も高いし、ウインドシールド傾斜を立てたおかげもあって室内空間は歴然と広い。しかしそれを重視するならムーヴがある。どのグレードでも5万円ほどプラスすれば、もっと背が高くて室内が広いムーヴに手が届く。だからこそトコットには、全高でヒエラルキーが決まる軽の常識を打破してほしいものだ。

背が低くてもデザイン嗜好に付加価値を認めてもらえるようにならないと、車種ごとの個性化が進まず、軽自動車に未来が広がらない。エフォートレスのトレンドにはいまいち届いていないトコットにとっては、ちょっとハードルの高い話だけどね。そこは若い女性たちの寛容さに期待したいと思う。

千葉匠|デザインジャーナリスト
デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。