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ウェイモや自動車メーカーはレベル5に達しない?…独自アプローチで自動運転をめざすチューリング

  • 《写真撮影 中尾真二》
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自動運転にはSAEが定めたレベル1から5までのランク分けがある。一般的にはレベル1から徐々に機能を上げていって完全自動運転のレベル5まで到達させる開発プロセスを想像しがちだが、AI研究の視点からはレベルの考え方が必ずしもベストとは限らない。

たとえば、自動運転のアプローチには2種類あるという話を聞いたことがあるかもしれない。センサー技術や制御技術をベースとした高度安全運転支援(ADAS)機能を拡張していって、自動運転のレベルをたどるアプローチ。このような段階的な開発を行わず(主にAI技術によって)一気にレベル5(完全自動運転)を目指すアプローチだ。

◆正攻法ではレベル4の域を出ない
自動車メーカーが多く採用するのが前者のアプローチと言われ、Waymo(ウェイモ)などグーグル他IT系企業は後者の自動運転を目指していると言われている。これらは手法の違いであり、どちらが優れているという話ではない。

だが、ADAS技術を段階的に進化させ完全自動運転を目指すアプローチでは、いわゆるレベル5の自動運転は実現不可能だという考え方もある。SAEの定義では、レベル4は一定の制約条件下での完全自動運転とされる。レベル5は条件なしの完全自動運転だ。この違いは、レベル4ならば、路線バスの走行ルート、走行エリアを指定した無人タクシー、工事現場、工場団地や港湾エリアなど特定区域内での無人作業車、シャトルバスなどに相当するもの、レベル5なら走行可能エリアの制限やジオフェンスなどがない自動運転と解釈されている。

現状、自動運転や無人タクシーの研究をしているほとんどの企業は、高精度の3Dマップを前提とした自律走行の実用化を目指している。必要ならば、路車間通信、車車間通信といった情報も前提としている。このことは、逆に考えると3Dマップが用意されていない場所、クラウド接続ができない状況では、自動運転ができない(制御離脱)ということだ。制約条件下の自動運転というレベル4の枠から出ることができない。

◆難しいアプローチにあえて挑戦する日本ベンチャー:チューリング
レベルいくつというステップにとらわれず、最初から完全自動運転を目指すアプローチをとる企業はじつは少ない。Waymoやテスラはこのアプローチに近いとされているが、Waymoはマップデータの参照を前提としている。テスラはレベル2の制約の元、自律走行の範囲を広げていくアプローチで「みなしレベル5」を目指す特殊なアプローチだ。

後述するが、企業が行う自動運転技術は、業界標準・安全基準、法規制のため一気にレベル5を目指しにくい。しかし、日本に、このアプローチに果敢にチャレンジしているベンチャー企業が存在する。

「チューリング(Turing)」という自動運転技術の会社だ。チューリングは、計算機分野ではチャールズ・バベッジ(解析機関)とならぶ始祖的な存在であるアラン・チューリングにちなんだ社名だ。バベッジが計算機械の発明者なら、チューリングは現在のソフトウェアで動くコンピュータ(チューリングマシン)の基本概念を作った人物だ。第二次大戦下、ドイツの暗号器エニグマの解読チームを率いた科学者でもある。人工知能のテストに用いられる「チューリングテスト」や、計算機のノーベル賞と言われる「チューリング賞」でもその名が知られる。

テスラが、かつてエジソンと電力事業(発電技術)で覇権を競ったニコラ・テスラにちなんだ社名としたように、チューリングもまた独創的な会社だ。彼らが手掛けている自動運転カーは、家電量販店で売っているようなカメラとノートPCだけで制御を行っている。会社もスタートしたばかりでシステムもプロトタイプという理由もあるが、彼らが目指す自動運転はカメラによる情報を基本とする。3Dマップやクラウドや道路インフラからの情報を前提にした制御では「完全自動運転」は無理だという理由からだ。

◆AIに認知・判断まで任せる技術
もう少し詳しく説明する。自動運転のADAS系アプローチとAI系アプローチの違いは、運転動作のどこを機械(システム)が担当するかの違いでも説明できる。運転動作は「認知」「判断」「行動」の3つ繰り返しで実現されている。自動運転において、行動の部分は、どのアプローチでも制御信号によってアクチュエーターが電子的・機械的な反応(アクセル・ブレーキ・ハンドル操作他)をするだけである。

ADAS系アプローチの自動運転は、このうち認知の部分にAI(画像処理他)を適用するが、判断部分はアルゴリズム(プログラム)が担う。チューリングが目指すのは、認知と判断部分にAI(画像処理・経路探索・進路決定など)を利用することだ。

チューリングCTO 青木俊介氏はこの違いを次のように説明する。

「AIで制御されるADASカー、無人タクシーなどといいます。ここでいうAIが処理しているのは、カメラ画像やLiDAR、レーダー他のセンサーからの情報を処理して、クルマや人を識別しているに過ぎません。そのあと、走行ルートを決めたり、アクセルやブレーキ操作をするのは従来からのECUのプログラムが処理します。この方法では、道路の状況、対象の動きについて、あらゆる状況に対するルールを記述する必要があります。ルールベースのアルゴリズムといいますが、このアプローチの自動運転には限界があると考えています。チューリングのアプローチは、カメラ画像、センサーの情報から次にどのルートを通るべきかの判断もAI(機械学習・ディープラーニング)に任せます」

◆ノートPCとWebカメラで自律走行できる車両
つまり、従来アプローチは、AIが状況を認識して、その情報をコンピュータに与え、コンピュータはプログラムに書かれた条件でクルマを動かしている。チューリングのアプローチは、AIが状況認識とクルマをどう動かすかまで判断する。前者は、プログラムに書かれていない事象に対処することはできない(エラーまたは制御離脱で停止処理、人間に制御を引き渡す)。後者は、プログラムや地図データにない状況でもその場の画像他の情報に応じた動作が可能だ。

たとえば、ルールベース(従来型)では、AIがなにか動くものを認識したが、それが人かクルマが識別できなかった場合、ルールにない状況となってしまう。しかし、判断までディープラーニングによるAIが処理すれば、全体の状況からブレーキを踏む、衝突コースを避けるといった処理が可能になる。

ディープラーニングによるAIとは、多数のパラメータを同時に重層的に計算処理し、パラメータ個々の値の組み合わせに応じた、一定の値を出力してくれる。画像認識なら、その出力値(の範囲)によって犬や猫といった判断をしてくれるわけだ。チューリングのアプローチでは、場面の状況をみてブレーキを踏むのかハンドルを切るのかを総合的に判断し実行する。

彼らのプロトタイプカーがカメラとノートPCだけで無人走行(現状、限られたコースだけだが)が可能なのは、以上のような理由による。入力情報がカメラだけなので、単純なコースでしか動かせないが、原理的にはさまざまなシチュエーションを学習させれば、一般道でも走行可能になるはずだ。将来的には、公道での走行実験や学習を積み重ね、センサー技術や車両制御技術を洗練させていき、テスラを超える自動運転カーを実現したいとする。

◆AI将棋の頭脳も投入される自動運転技術
野心的なチャレンジだが、チューリングは青木氏をはじめ優秀な若手エンジニアがそろっている。青木氏はカーネギーメロン大学(CMU)卒で自動運転開発に携わった。CMUはコンピュータサイエンス、エンジニアリングの学術分野の名門だ。国立情報学研究所(NII)や名古屋大学にも所属する。

青木氏には強力なパートナーもいる。青木氏とともにチューリングを興した共同代表 CEOの肩書を持つ山本一成氏だ。山本氏は名人棋士を破ったAI将棋「ポナンザ」の開発者だ。AI企業で東証一部上場のHEROZの創設メンバーで技術顧問を務めているが、青木氏と意気投合しチューリングを設立した。

ADAS系アプローチは、自動車メーカーとしては必然のアプローチと言える。彼らは消費者保護に一定の責任を持つ。また、WP29やISO26262などが要求する機能安全、走行安全の基準を満たすには、法整備を含めた段階的な開発手法にならざるを得ない。製造者責任や訴訟を考えたとき、メーカーの自動運転は、同じパラメータで同じ結果を出す再現性が求められる。事故が起きたとき、システムに瑕疵がないことを事後でも再現、検証できるようにする必要がある。そのため、純粋なAIアプローチを採用できない事情もある。

だが、この理由だけでAI研究や自動運転技術の開発を制限・規制すべきではない。彼らの取り組みを業界基準で「遊び」と評するのも、ある流派が別の流派を否定するのと同じで、サイエンスやエンジニアリングではない。自動運転は、法整備や社会受容などの時間を要する問題でもあるが、世界に目を向ければ、同様なアプローチで自動運転やAI研究を行っている企業、グループは存在する。経済発展や技術力向上のためにも、日本にもそういったベンチャーが育つ土壌を広げていきたい。