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プールで泳ぐロールスロイス? ビートルズゆかりの地で…『ファントム』100周年を祝う

  • 《写真提供 ロールスロイス・モーターカーズ》
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ロールスロイス・モーターカーズは、同社の最上位モデル『ファントム』と音楽界との深いつながりを祝福するイベントを英国グッドウッドで開催した。

2025年に100周年を迎えるファントムは、過去100年にわたり音楽界のアーティストたちに愛され続けてきた。ジャズからロック、ラップ、R&Bに至るまで、現代音楽のすべての時代を彩る存在として、マレーネ・ディートリヒ、サー・エルトン・ジョン、ジョン・レノン、50セントといった時代を代表するアーティストに選ばれてきた。

同社のクリス・ブラウンリッジCEOは「ハリウッド黄金期からヒップホップの隆盛に至るまで、過去100年にわたり音楽界のアーティストたちは、ファントムを通じて自らのアイデンティティを表現し、既成概念に挑んできた」と語った。

音楽界とロールスロイスのつながりは、レコード産業の歩みと同じくらい長い歴史を持つ。1930年、マレーネ・ディートリヒが映画『モロッコ』の撮影でカリフォルニアに渡った際、パラマウント・スタジオで彼女を出迎えたのはグリーンのロールスロイス『ファントムI』だった。

1956年、エルヴィス・プレスリーのセルフタイトル・アルバムがロックンロール史上初めてビルボード・チャートの首位を獲得した後、1963年に彼はミッドナイト・ブルーの『ファントムV』を購入。車内にはマイクや後部座席アームレスト内のメモ帳、鏡や衣類ブラシまで備えられていた。

1964年12月、ジョン・レノンはビートルズの「ハード・デイズ・ナイト」の成功を祝してファントムVをオーダー。1967年5月、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のリリース直前に車体はイエローに塗り替えられ、レッド、オレンジ、グリーン、ブルーの渦巻き模様が手描きされた。この車は1985年のオークションで229万9000ドルで落札され、当時のロックンロール記念品として最高価格を記録した。

リベラーチェは1961年式ファントムVを小さな鏡片で覆い、ラスベガス・ヒルトンでの長期公演でステージ上に登場させた。サー・エルトン・ジョンは1973年、マンチェスター公演へ向かう途中でショールームの最新モデルに目を奪われ、その場で購入手続きを済ませて新たなファントムに乗り換えて会場へ向かった。

2003年にグッドウッドに移転して以来、ロールスロイスは現代音楽との結びつきを一層強めてきた。2016年までに、ヒップホップの目覚ましい隆盛にも後押しされ、歌詞の中で最も多く名を挙げられるブランドとなった。

2004年、ファレル・ウィリアムスとスヌープ・ドッグは「ドロップ・イット・ライク・イッツ・ホット」のミュージック・ビデオに『ファントムVII』を登場させた。この曲は全米ビルボード・ホット100で3週連続1位を獲得し、ファントムとヒップホップ界のトップ・アーティストたちとの長きにわたる結びつきの始まりとなった。

ファントム100周年を記念して、ロールスロイスは退役プロトタイプの『ファントム・エクステンデッド』のボディシェルを実際にプールへ沈めることで、ロックンロール神話の一つを現実のものとした。舞台となったのは、イングランド南西部プリマスにあるアールデコ様式の名所「ティンサイド・リド」。このプールは、ジョン・レノンとも縁があり、1967年9月12日、ビートルズが映画『マジカル・ミステリー・ツアー』の撮影で訪れた際にここで写真撮影が行われた。

ファントムは、進化を重ねながら常に現代音楽の歴史に存在感を示してきた。どの時代においても、アーティストや革新者たちに自己表現の手段、憧れ、そしてアイデンティティを与えてきた、としている。